shogomogo

記事一覧(82)

いまを生きるからこそのお祭りとは

iPhone XのCMをみたとき、僕は身震いした。これは、モハメド・アリの言葉が入っている。彼は言い続けるのだ。"I'm the greatest!!!"最初は笑われていたのに、彼が結果を出していくごとに、笑い声、からかいの雰囲気は、少しずつ、少しずつ。応援、歓声の声へと変わっていく。「一番の失敗は、自分がこんなにもすごいことに気づかなかったことだ。」モハメドアリはこう言うのだ。「セルフィーは、自分たちがいけてると思っている人がやることではない。」「セルフィーは、みんながやっていいことなのだ。だって、自分が最高なのは当たり前だ!」とアップルが訴えたいのだろう。みんな違って、みんな素敵。みんなが主役。自分にしかできないことをやろう。好きなことで生きよう。。。今は、どの時代も感じたことのないくらいの個人主義の時代だ。働き方改革、フェミニズム、LGBTqの活動によって、その動きはさらに強くなっている。人によって趣味興味は全く違う。みんながみんな別々の存在。だから、生き方だってみんな別々。この流れはとっても素敵なことだと思う。ただし、私は、この流れは日本人を苦しませているように感じる。就職活動。みんな同じリクルートスーツと同じ髪型にして、新たな自分を作り出し、会社に自分がいかにすごいかをプレゼンしに行く。これって、どう考えても、いまの社会的な流れに反している、、。だからこそ、私はいまの社会の流れを支えるようなことをしたいとずっと思っている。私は、地元の世田谷区の用賀と言う街でお祭りを開催している。その名前は、用賀サマーフェスティバルと言う名前だ。商店街のお祭りとは別に開催されるもので、若者が中心となって毎年頑張って開いている。私は、思うのだ。地域のお祭りも最近は「続ける」ことが目的になってしまっているのではないか。確かに、地域のコミュニティを強くし、会話の機会を作っていることに間違いない。しかし、なんだか、微妙なのだ。何せ、面白くないし、新しさに欠ける。そこで、いまの時代にあった、もっと本質的に「楽しい」と感じられるお祭りを作り直したいと思った。世田谷区は素敵な街だ。三軒茶屋、桜新町、千歳船橋、二子玉川、下北沢。それぞれがとっても面白い特徴を持ち合わせている。美味しいレストラン、カフェ、、、なんでもある。映画館は二子玉川にあるし、ショッピングセンターもある。ただ、足りないものが一つあると思うのは、私だけだろうか。それは、チャレンジしてみる場所がないということだ。何か新しいことを思いついたり、やってみようと思っても、だいたいハードルが高い。1日イベントを借りようとしても、イベントスペースは高いし、人が来るかも心配だ。だから、めちゃめちゃ活かせば面白い人になるかもしれないのに、みんなサークル以上は行わずに、諦めて、就職活動へと向かい出す。なんだかちょっと寂しいし、絶対に何かがあるべきだ。そこで、私たちは、こんなお祭りを開催する。用賀サマーフェスティバル。#YOUGA DREAMERS大きな夢を描く人々が集まり、新しい挑戦をする場所。それがこのお祭り。ファッションブランドを作りたい。アーティストになりたい。新しい食べ物の文化を作りたい。そんな人たちが、大きな夢を持ちながら、舞台に立つのだ。そして全力でそれを表現するのだ。それを、地域にいるみんなが評価してくれる。これは、面白い!とか、これは、つまらん!とか。そして、地域の方々は感じるはずだ。ああ、こんなに夢のある人たちって、アツくて、力強くて、よくわからないけど、感動させてくるのね、、と。別に失敗したっていい。だって、失敗してもいい場所こそが、このお祭りだから。失敗から学べばいいだけ。次に生かせればいい。今は失敗できる、チャレンジできる場所が、地域にない。だからこそ、このお祭りを開催する。全ては、用賀から始まる。なぜなら、用賀はヒッチハイクの聖地だから!!!世田谷区に住む人はこのように考えるようになる。ある街(二子だったり、三茶だったり、下北だったり)で何かをするのが夢だ。しかし、まだわからない。自信もないし、とりあえずどこかで実験してみたい。あ、そうだ。用賀は挑戦の街だ。新たなムーブメントが生まれる街だ!!まずは用賀サマーフェスティバルで挑戦してみよう!!どうでしょうか。すっごく素敵だと思うわけです。一応、ホームページ、貼っておきます笑

Edge of Sphere

今回は、合理性、利益性、感情性の3つを通して、これから作ろうとしていることを書いていく。合理性人類は、今までに経験したことのないほどの「個人主義」へと風が動いている。500年前に始まった産業革命後、人類は、初めてモノの供給が需要を超える様になった。そこで、モノを消費することが美である消費主義が始まった。この変化により、地域コミュニティや家族内でしか行うことができなかった、組合、教育、保険、年金などが急速なスピードでお金に価値を変換されていったのだ。そして、現代はテクノロジーの革命が起きている。人類は、テロが大国に対等に戦える様になってきたのだ。そこで、人の生き方が多様になる個人主義が始まった。この変化により、国や、企業内でしか行うことができなかった、人への信頼、収入を得ることを、1人でできる様になってきているのだ。しかし、個人主義になると、1つの大きな問題が生じる。それが、「孤独」だ。1人で生きるの怖く、寂しく、孤立だ。集団で狩をして大きな獲物を捕らえた人類。物々交換のできるコミュニティを作った人類。空想上のストーリーで宗教や国家を作った人類。人間は、支え合うことで、生きていく生物なのだ。私たちは、これから訪れる個人主義、そしてそれを支えるブロックチェーンやAIなどのテクノロジーに向けて、世界中の人々が価値を交換しあえるグローバルコミュニティを作る。利益性直近数年では、「逆就職型オンラインコミュニティ」を作る。若者のやりたいこと、やっていることをオンライン上で投稿することができ、周りの人は、そこにアドバイスをしたり、一緒にやろうと連絡できたりする。企業の人はこのコミュニティに月10万円で参加することができ、面白い人がいたら採用の連絡をすることが可能だ。これで、若者はやりたいことをやることで、その実績が評価された企業に就職することができる。企業も、数回の面接で人を判断するのではなく、長い間その若者の努力の過程を見ながら採用をすることができる。(さらにこのコミュニティはグローバルへとしていく。)感情性同世代の面白い人たちが集めたコミュニティを、1年間全力で作ってきた。友達の友達には、めちゃくちゃ面白い人がいたし、人との繋がりによって、アートに興味を持てる様になったし、周りで刺激を受けて、起業をしたり、海外へ留学した人もいた。こんな素敵なコミュニティ、これを国内でとどめておくことは、最近勿体無いのではないかと少しずつ考える様になってきた。現代では、例えば深センにいる大学生で、スタートアップに興味をある人を探そうとしても、オンライン上では絶対に繋がることができないのだ。いくらfacebookが大きなコミュニティになっても何も無理なのであれば、俺らが作るしかない!そう思って、Edge of Sphereを起業した。

若者の本気ってなんだろう。

合理性二子玉川というショッピングモール、桜新町というサザエさんとともに穏やかな街。その間には、「用賀」という街がある。実は、用賀は2020年に向けて大きな変化をとげようとしている。2020年のオリンピックでは、アメリカの練習場、そして馬術の競技会場になる。そのために、用賀は今後のまちの方向性を決めなければならないのだ。決めるためには、用賀の魅力を知らなければ何もできない。一体、用賀とはどんな魅力があるのだろうか。1. 世田谷美術館素朴派、そしてアウトサイダーアートがテーマとなる世田谷区の美術館。展示会などはトップダウンで決まるものの、アートの普及活動等は美術館の人たちが、「やってみたい!」と日常会話で出てきた提案を実行している。また、世田谷区はアーティストが多い、そのため現地に住む人の表現の場としての役割を果たしている。2. 用賀商店街登録する店舗数が日本でなんと3番目に多い商店街。若者発のレストランや、パン屋、カフェなどがいくつも連なる。3. ヒッチハイクの聖地の東京IC用賀ICはヒッチハイきの聖地と言われている。高速の入り口にマック、スタバがあることで、高速に乗る人達がヒッチハイカーを見つけやすいという利点がある。4. 砧公園と馬事公苑。遊び方は、人それぞれ。お花見、フリスビー、サッカー、散歩など。4つに共通していて、二子玉川、桜新町でも味わえないものは何か。それは、「新たな楽しみを創り上げていく街」なのではないだろうか。よし、たったの2日間だけかもしれない。だけども、2日間だけでも、私たちが作り上げたい用賀という街の方向性を、5感を通して、より多くの方々に感じてもらいたい!だからこそ、私たちはお祭りを夏に開催することにしたのだ。利益性地元の方々、用賀に住む子ずれの家族、用賀出身/用賀が好きな若者この3パターンの人たちが5感で、次のことを感じてもらえるようにしたい。〜〜〜〜若者が本気で、全力で、好きなことをしながら、生きがいで溢れている。まさに、これこそが、「新たな楽しみを創り上げていく街」未来の用賀ってこんなになるのかな!〜〜〜〜地元の方々・今後も用賀の商店街が発展を続けるという方向性が見えること。・今後も用賀という街が若い人で溢れ、盛り上がり続けることが見えること。・感情的には少し昔の楽しかった時代を思い起こせるような感覚になること。用賀に住む子ずれの家族・子どもが、自ら遊びを作り上げる環境があること・子どもが、外に出ていつもはできない非日常の経験ができていること・(親が楽しむことってなんだろ)用賀/用賀出身の若者が楽しめること・お酒とダンスでばか盛り上がれる・新しい技術をまじかで実感できて普通に感動する(ARとか?)・みんなが入り込める(テレビに出れるとか?)感情性用賀に住んでいたのに、用賀のことを何も知らなかった。やってやろうと思った。

春休みなので、やる事をまとめよう。

さあ、春休みになったので考えないといけないことがたくさんある。優先順位を間違えるととんでもないことになりそうだ。1、塾生代表としての仕事  ただのホラ吹きになるのが一番やってはいけないこと。変な意味で注目を浴びてしまったので、これからどうするべきかを考えないといけない。今は、まず「スポーツ」にフォーカスして色々動かして行く予定だ。今まで体育会は縦、いわゆる部活ごとの繋がりしか無かった。横の繋がりを作ることで情報交換、そして共同で試合や広報を行うお手伝いを行う。これが面と向かった直接的なコミュニティの部分。もう一つが、アプリだ。体育会の試合の日程、そして試合中の速報が直ぐにわかるようなシステムを作ることで、よりファンが試合を応援しやすい環境を整備する。  もう一つが、みんなの要望に応えること。まずは三田に練習場のないダンスサークルのための活動。そして、塾生会館の場所借りれないよ問題、そして、喫煙所の屋根問題  ちょっとでも面白くして行く。え、それできるのは慶應だけ!そう思ってもらえるように頑張る。2、用賀サマーフェスティバルと、世田谷若者ミートアップ  深圳を見て思った。地域には地域なりの盛り上がりがある。東京を見てもそういう学生も、若者も、大人も盛り上がるようなそういう地域って渋谷くらいしかない。あとは、谷中とか。渋谷がスタートアップやテクノロジー、谷中は街づくり、だったら最も人口の多い世田谷はイノベーションでしかない。街でやって見たいこと、アイデアを若者が集めてきて、それを実際に還元して行く。街に還元することで、地域の人のためになり、若者はそれで自信をつけて行く。このエコシステムを街に作れれば、世田谷流の街おこしが絶対に始まる。これの集合体、最終形態、一年に一度の祭典がYouga Summer Festivalになる。やり切るしかない。これは、俺が一年かけて本気でやりたいこと。3、決起会。超越。  人と繋がっても意味ないという話をよく聞く。しかし、繋がってなかったという理由で何もできないのが一番勿体無い。世界中の面白い若者を集めたオンラインコミュ二ティを作ることで、最もっと世界を小さくしたい。そこで、ビジネスができたり、団体が作られたり、共同研究が行われたり。できるかなぁ。でもやるしかないよ。4、イスラエル、エストニアへの旅  深圳に行って思った。こりゃ日本やばいぞ。会社員はこういう地域回って、会社のためになることは何かを考える。だから視野が狭くなる。でも、俺らが行ったら「日本のため、俺らがすむ地域、慶應のためになることは何か」と考える。思いついたら直ぐに実行できる人間たちだ。だからこそ、みんなとは違う視点で最先端のスタートアップネイションにいけると思ってる。お金はどうにかしてまずは行きたい。まっすーと共に。5、レッドブル、、? カフェ、、? インターン、、?あとゼミ!!  企画して実行することが、今年の自分に課せられた任務。頑張る。レッドブルは最高の場かもしれない。もしもできそうになったら楽しみだ。カフェも、つながりができたのでできるかもしれない。俺が作りたいのは慶應の繋がりを作れるカフェを作ることだ。慶應は面白い人がたくさんいるのに、お互いが繋がってないことが本当に多い。慶應のコミュニティの中心地となるような場所にしたい。そのためには、まず芝の家の本を読まないといけない。まだまだ甘い自分。インターンは、2年間やってきた。政治に対する強い意識は減ってきているものの、やりたいことはたくさん。色々考えていく。

学生の新たな価値基準を作る

高校生は、学校の授業よりも大学受験の勉強を優先させ、大学生は、大学の成績よりも、より知名度がある就職先を探す。次のステップに進むための学校教育になっていない時点で、そのそも教育機関の目的が何であったのかが考えられなくなって来たのではないだろうか。アメリカの大学教育では、大学から示される成績が非常に重要だ。しかし、日本は違う、そう思っていたのだが、逆に世界中比較して、日本ほど大学の評価システムが正当に評価されない国はあるのだろうか。はっきり言って、日本の大学教育は、世界と比較しても「大学の評価制度と、現代社会の評価に乖離が起きているのではないか」と思うのだ。これは大きな大きな断崖絶壁の崖だと思う。先日、慶応大の教授がfacebookで、「最近の若者は本当に勉強をしないから、難しい英単語を覚えるレベルの穴埋めさえもできていない。」そんなコメントを投稿していた。しかし、学生からしたら、「あそこまでツマラナイ授業をして、何の意味があるのかも分からない試験のために勉強する必要はないでしょ。まあ単位さえ来ればいいよ。」こんな感じだろう。まさに自分も同じような感覚で今期の授業を受けている。もしこれがお互い本当に思っていることであるとすれば、大学が生徒に対して求めていることは、あまりにも時代にそぐわない教育方針だし、もしもほとんどの学生が勉強する意味ないと思っているとしたら、日本の将来はだいぶ危うい。そこで、普通は文句を言って終わりなのだが、現代は、ちょうど面白い時代で、ブロックチェーンを使った価値主義がひろまろうとしている。そこで、新たな学生の価値基準を学生で作ってしまえばいいのではないかと考えた。全員の学生にその評価基準を当てはめる必要はそもそもない。この考えに面白い、価値があると思った学生が基準を使用し、この考えが面白い、大学の評価システムよりも価値があると思った社会人が採用、もしくはインターンだったり、もしくは人としての信頼性に使用するだけに過ぎない。では、一体どのような価値基準にすればいいのだろうか。私は、新たなブログシステムとブログランキングではないかと考えている。より面白いと思える考え方、より新たな考え方を提示してくれる、もしくはより笑わせてくれる文章、誰もが経験できないことを教えてくれる、そんなブログによって、自分の価値を作っていけるシステムができれば、そこにトークンエコノミーを入れることで、安定した収入を得ながら、毎日の気付きをブログに残しながら生活できる。また、より信頼性のあるブログを書く人は、数値として価値が表示されるようになる。さあ、このブログによる数値って、大学教育と比べて、色いろ異なることがある。まず最初に、ブログに答えはない。より個性を出さなければならないのだ。そして、個人によって情報が偏り、大学のような教育を受けられないのではないか。偏れば偏るほど、信頼性が上がるのであれば、その人は今の時代では価値のある人間に過ぎない。偏りがイデオロギーであれば、評価が上がらないだろう。政治的な主義主張については、まだ難しい。もしこれが可能になれば、大学よりも面白いかもしれなくなる。例えば、ブログにはタグがある。もしも、タグが授業になったらどうなるだろうか。「哲学」という授業であれば読むべき本や動画がしめされ、生徒はそれに沿ってタグでやることを提出できる。みんなでそれを読んで評価したり、議論が可能になるのだ。今のような、一方的に教授と生徒だけが文章を読めるという閉鎖された状況で無くなる。どうですかね。これ。