僕は「収益になってもならなくてもいいや」というつもりで誰かが超やり過ぎたものを、世間も一緒に楽しむのが本来的なエンターテイメントだと思っているんです。*1
ディズニーは、決められた、限界のある世界。
これからは、自分が楽しい、面白いと思ってやることこそが、
最強のエンターテイメントなのではないか。これが彼の意見だろう。
例えば、街中で二人が演技をし出すと、自然に観客の垣根ができてきて、人が増えていくということが起こり得ます。この二人を「誰かやってくれないかな」と言っていると、一生コミュニティはできません。コミュニティが形成されるためのきっかけである声がけや、人が増えていくときの人員整理の仕方を抑えることが必要だと思います。*1
今までコミュニティに帰属するとしても、家族、会社、あとは地域くらいのものでした。今後はプラス2〜3個のオンライン型コミュニティに入ることで、合計5つくらいのコミュニティ帰属することが当たり前になるのではないかと思っています。*1
快適な自分が出せるのが、サードプレイスだとしたら、
ちょっと自分のためになりながらみんなとエンターテイメントを作るコミュニティは、
フォースプレイストして広まっていくのかもしれない!?
様々なインフラの発達によって、自分の発した言葉や行動に対するフィードバックがどんどん強く返ってくるし、自分に返ってくるだけではなくて、世界に拡張して発信してくれので。「自分って生きているんだ、承認されているんだ。」というような、新たな承認欲求サイクルがグロースしているのかと。僕の大学時代の友達も、インスタ(Instagram)で写真をどんどんアップしていて。会うと別人のように「写真撮ろうぜ!」って積極的になっているんです。この人は承認されることによって生き生きしているなと思って。 *2
カフェでもコミュニティプロデュースってできると思う。
誰もやらなければそこにコミュニティは生まれないけれど、
最初の一人目、二人目が参加すれば少しずつ大きくなっていく。
そのきっかけを作る場が僕にとってはカフェなのかもしれない。
*1コルクラボ始動、佐渡島庸平が「コミュニティプロデューサー」を育成するワケ
http://www.sensors.jp/post/corklab-sadoshima.html
*2「人は本能的に"参加型"へ向かう」参加型コンテンツのトップランナー対談
http://www.sensors.jp/post/sensors_salon_9_1.html
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